なぜいま行動経済学なのか?

カーネマンがノーベル経済学賞を受賞したこともあって,行動経済学が流行っているらしいが,基本的なところは10年以上前からあった「経済心理学」の呼び方が変わったものにすぎない.実験経済学やゲーム理論によって少し華やかになって装いを新たにしたというのが実状だろう.真の意味の革新は,本書の最終章「第9章 理性と感情のダンス・・・行動経済学最前線」で少しだけ触れられている進化生物学,進化心理学,神経経済学が交わるようなところにある.ここではすでに「行動」は背景に追いやられ,その行動を引き起こす生物学的メカニズムが主役だ.つまり,生物学的原因→行動→満足という流れにおいて,「行動」は生物学的な原因と人々の満足や幸せ(あるいは後悔)をつなぐ,表面に現れる目に見える指標にすぎない.
本書の一番最後には,Glimcherらを引用して,「人々は物質的満足だけでなく,感情がもたらす快を含めたいわば総効用を最大にしようとしている」という説が紹介されているのだが,こんなこと当たり前のことである.むしろ,この話を本のイントロに書いてここから議論を展開してほしい.「人は合理的であるとは限らない」なんていう話は耳にたこができるくらい聞かされていてもういい.「自分自身の満足がまったく伴わない完全に自己犠牲的な利他行動は未だ観察されていない」なんてことも書いてあるが,これも当たり前過ぎる.だって,総効用を最大化していると規定してしまった以上,行動することと,総効用最大化は定義的に同義なのだから.