1歳児にインフルエンザワクチン接種が必要かどうか。

厚生労働省新型インフルエンザの優先接種対象者には、医療従事者、妊婦、基礎疾患を有する者に続いて、「小児(1歳〜就学前)」が挙がっている。ちなみに1歳に満たない場合は本人ではなくその両親が対象となる。つまり、「1歳児」と「1歳未満」の間に線が引かれているわけだ。その根拠が気になり探してみた。まずは基本的なところを確認しておく。

  • 不活化ワクチンであるため、生ワクチンによって獲得できる液性免疫と細胞性免疫のうち、液性免疫のみ。
  • ワクチンは皮下接種するため、血中には抗体が作られるが、ウィルスが侵入する鼻や喉の粘膜面には抗体は分泌されづらい。
  • そのため、期待される効果は症状の重篤化は防ぐことであって、感染そのものを予防できるという証拠はない(「感染防止、流行の阻止に関しては効果が保証されない」by 厚生労働省)。
  • 不活化ワクチンは免疫記憶が弱いため、感染歴のないため免疫記憶を持たない幼児には予防効果が非常に低くなってしまう。
  • インフルエンザ脳症の原因はまだ分かっていない。ワクチン接種によって脳症の発症を減らすという証拠はない。

これらは厚生労働省ウェブサイト河岡・堀本(2009)などを読んでまとめた。これだけ見ても、通常のワクチンよりはずいぶんと効き目が小さいという印象を受ける。幼児にはさらに効かないようだ。

高熱を防ぐか?

最初の調査対象は、「重篤化を防ぐ」ことの根拠になっている、季節性インフルエンザに対するワクチンの効果が「小児(1〜6歳)の発熱が20〜30%減少」というデータだ。これは2000〜2002年度に実施された厚生科学研究費補助金「乳幼児に対するインフルエンザワクチンの効果に関する研究」(主任研究者:2000〜2001年が神谷斎氏、2002年が加地正郎氏)のデータだ。報告書は厚生労働科学研究成果データベースからダウンロードできる。「1歳以上6歳未満」の場合の、発熱38.0℃(2000年度は39.0℃)を対象とした多変量解析の結果、オッズ比が2000年度が0.72(95%信頼区間0.56〜0.93)、2001年度が0.76(95%信頼区間0.65-0.88)、2002年度が0.74(95%信頼区間0.63〜0.86)となった。これは28%、24%、26%だけ発熱を減らすということであり「20〜30%」の根拠である。ただしこの数字はあくまでも平均値であり、年齢が上がるにつれて効果は大きくなるとしたら、1歳児では効果は相当小さいのではないだろうかと思ってしまう。ちなみに「1歳児未満」では3年とも有意差なしだったことから接種対象とならなかった。「1歳未満」と「1歳以上6歳未満」でなく、「2歳未満」と「2歳以上6歳未満」だったどうなるの気になるが結果は書かれていない。しかし、2000年度と2002年度には年齢別のデータがある。「1歳児」では、2000年度は非接種N=247、接種N=222でオッズ比が0.54(95%信頼区間0.33〜0.88)で統計的に有意であるのに対して、2002年度は非接種N=363、接種N=226で、オッズ比が0.99(95%信頼区間0.72〜1.36)で統計的に有意ではない。後者のデータは、Vaccine誌の論文として出版されている。

脳症を防ぐか?

次の調査対象は、インフルエンザ脳症とワクチン接種の関係だ。これは2003〜2005年度に実施された厚生労働科学研究費補助金インフルエンザ脳症の発症因子の解明と治療および予防方法の確立に関する研究」(主任研究者:森島恒雄 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科)による。この研究プロジェクトはちょっと不思議で、初年度のみ報告書が出ている(「中間報告」と呼ばれているものであると思われる)。報告書は厚生労働科学研究成果データベースからダウンロードできる。報告書によると、インフルエンザ脳症は主に6歳以下の小児がインフルエンザに感染したときに急激に発症し、毎年100例から数百例の発症があると書かれている。2001/2002シーズンにおけるインフルエンザ脳症発生ケースを対象に症例対照研究が実施されたが、脳症群での接種率7%に対して、インフルエンザのみの群では11%であり、症例数が少ないために統計的に有意な差とはいえなかった。結論には「インフルエンザワクチンによる本症の予防効果については、最終的な結論は得られていない。少なくとも、ワクチンによって脳症の発症が完全には予防できないと思われる」と書かれている。このシーズン以降については「引き続き厳密な疫学調査の下に結論を急ぎ、一般に公表していきたい」と書かれているものの、2004年度と2005年度は概要版しか見ることができず、そこにはワクチンの接種と脳症の関連についての記述は見られない。いったいどうしたのかな?

抗体応答を増やすか?

2005〜2007年度に実施された厚生労働科学研究費補助金「インフルエンザをはじめとした、各種の予防接種の政策評価に関する分析疫学研究」(廣田良夫 大阪市立大学大学院医学研究科公衆衛生学)の中の「乳幼児におけるインフルエンザワクチンの免疫原性に関する研究」が実施された。報告書は厚生労働科学研究成果データベースからダウンロードできる。また、感染症学雑誌に論文として掲載されている。ここでは、4歳未満の小児259例について、赤血球凝集抑制抗体価(HI価)を使い、HI価の幾何平均、応答率(HI価4倍以上上昇)、達成率(HI価1:40以上)の3通りの指標で免疫応答が評価された。その結果、「先行研究と同様、年少児ほど防御レベルのHI獲得は困難であった」「2回接種によっても、防御レベルのHI価を獲得できなかった者は、およそ0歳児の50〜80%、1歳児の40〜50%であった」と書かれている。結論として次の4点が挙げられている。

  1. 0歳児では抗体応答が低い。
  2. 1歳児の抗体応答は0歳児より高いが、接種量が等しい2歳児・3歳児より低い。
  3. 若年小児における抗体応答の差は接種量のみでは説明できず、年齢あるいは年齢と関連する何らかの因子が影響している。
  4. ワクチンに対する免疫応答においては、既存抗体と年齢の両者が強く関与している。

まとめ

副作用については年齢別のデータが見当たらなかったが、平均的には非常に低いレベルであると予想される。それに比べるべきワクチンの効果もまた、上記文献を見るかぎり、1歳児に対しては非常に小さいように思われる。つまり、とても小さい効果ととても小さいリスクの比較であり、「1歳児にインフルエンザワクチン接種が必要かどうか」に対する暫定的な回答は「どっちでもいいんじゃないのかなあ」だ。