「予測値(範囲)×それらの確からしさ」をどう伝えるか?

IPCC第4次評価報告書第1作業部会の「政策決定者向け要約(SPM)」が発表された.気候変動問題の重要性がますます増したと感じる人が多い内容だったけど,どうやってこの印象を伝えればいいのかは実は難しい.気温上昇と海面上昇の予測について検証してみる.
まず,21世紀末の世界平均気温の予測.第3次評価報告書では1.4〜5.8℃という予測であったが,第4次評価報告書ではシナリオを6つに区別したうえで,B1シナリオの最小値である1.1℃からA1F1シナリオの最大値である6.4℃まで幅は広くなった.ただし,これはシナリオを新たに設けたことによると(人為的なものだと)思われる.それぞれのシナリオの最良値の範囲は1.8〜4.0℃である.前者で見ると幅は両側に拡大,後者で見ると幅は両側で縮小となる.
次に,21世紀末の海面上昇の予測.第3次評価報告書では9〜88cmであったが,第4次評価報告書ではシナリオを6つに区別したにもかかわらず,B1シナリオの最小値である18cmからA1F1シナリオの最大値である59cmまで幅は狭くなった.最良値は示されていない.
他方,モデルの改良やデータの蓄積によって予測の不確実性が減ったことを受けて,人為起源の温室効果ガスの排出増が温暖化の原因であることについて,第3次評価報告書の「likely(60%確か)」から「very likely(90%確か)」へと踏み込んだ表現となった.
"likely"が"very likely"になる,すなわち不確実性が減るということは,予測の範囲が狭まることになる.だから,海面上昇の予測値の最大値は88cmから59cmへと小さくなってしまった.いつもワーストケースばかりを安易に伝えるマスメディアは,今回,事の重大さをどうやって伝えればいいのか困ったのではないかと想像する.もちろん,それはきちんと実質的な内容(予測の最良値と幅とそれらの確からしさ)を伝えることをさぼってきたツケなのだけど,やっぱり難しい問題であることは確かだ.
化学物質の有害性評価でも同じようなことが起きる.情報がないときには何重もの不確実性係数を掛け合わせるが,情報が集まってくれば不確実性係数が減っていくため,見かけ上,その物質はどんどん「安全」になっていく.単に,ありそうな幅が小さくなってきただけなのに.発がん性物質の場合,発がん性の強さを表すユニットリスク値とは別に,発がん性の確からしさを示す分類がある.ヒト疫学で発がん性が確かめられていたらA,動物実験では確認されているけどヒトでは不明な場合はB1といったふうに.この場合も,発がん性の確からしさが増すと,分類が上がっていく一方で,不確実性が減ることでユニットリスク値が小さくなることもありえる.そうした場合,その物質の有害性は強まったのか弱まったのか?有害性の強さ×確からしさ,という抽象的な計算はけっこう難しい.