米国のオゾン環境基準値見直し

5月に出ると言われていたStaff Paperがまだ出ない.米国ではクライテリア汚染物質と呼ばれる6種類の大気汚染物質の環境基準値はNAAQSと呼ばれ,5年ごとに最新の科学的知見をまとめることが義務付けられている.まず科学的知見を集めたCriteria Documentと呼ばれる文書が作成され,それを受けて新環境基準値の提案(現状維持も含む)を行うStaff Paperが発表される.今回のオゾンの場合,Criteria Documentの最終版は3月に発表されたので,Staff Paperの最終版はもういつ出てもおかしくないのだが(NCEAのページで発表される予定),やはりもめているのだろう.しかし環境基準値を変更するならば,2007年3月28日までに更新されなければならない.
米国や欧州では1990年代,浮遊粒子状物質(PM)とヒト健康,特に死亡影響との相関に注目が集まり,多数の疫学調査が行われた.オゾンと死亡率の相関が明らかになったのはそのついでのことであった.その後,オゾンに焦点が当てられた疫学調査も次々行われ,短期曝露の影響に限ると,オゾン曝露と死亡率の上昇の間には相当強い相関が示されている.おまけに,かなり低いレベルまで大気中濃度と死亡率の間には相関関係が見出され,社会全体としての閾値は事実上ないに等しい.
Bell, M. L., Peng, R. D. and Dominici, F. (2006). The exposure –response curve for ozone and risk of mortality and the adequacy of current ozone regulations. Environmental Health Perspectives 114(4): 532-536.
こういったことは米国環境法にとって想定外の出来事だ.米国Clean Air Actでは,NAAQSは「十分に余裕を持った安全(an adequate margin of safety)」を見込むことが要求され,またその際に遵守費用を考慮してはならないことが判例によって確立されている.最近の疫学調査の結果と法律の要求から自然に導き出せる結論は,ものすごく厳しい環境基準値だ.もちろん遵守するには膨大な費用がかかる.産業界には大打撃だ.
だから政府としてはこのシナリオは避けたい.環境保護庁(EPA)だってあんまり極端なことはしたくない.じゃあどうするか?1つは疫学調査に疑問を投げかけることだ.実際,PMと違って,慢性曝露の影響は不明なので,証拠が弱いとする論法だ.また,行政予算管理庁(OMB)は全米科学アカデミーNAS)によるレビューを受けろと主張している.ただこれは時間稼ぎにしかならないだろう.最終的には,費用と便益の両方を考慮して基準値を決めると明言する法改正が必要なことは関係者なら頭では分かっているはずだ.しかし政治は理屈ではうごかないので無理だろう.さあEPAはどう決着をつけるか?