ヒトゲノム計画のELSI研究

第2章でヒトゲノム計画の話が出てくるのだが,大きな予算が付けられる際の話として次のように書かれている.

・・・倫理的,政治的な面からこの研究計画を危険視する意見が続出し,最終的には研究費の3〜5%を倫理的・法的・社会的問題(ethical, legal, social issues: ELSI)に割くという条件つきでその全体が承認された.研究に内包されているかもしれない倫理的課題が事前に指摘され,監視のための研究プログラムが抱き合わせで承認されることなど,科学史上初めてのことである.

いま,ナノテクノロジーでも全く同じことが起きている.例えば2006年度予算のうち8%ほどが「社会的局面」(環境・健康・安全影響の調査と倫理・法律・その他の社会的側面の調査,および教育活動からなる)に当てられている(link).3〜5%という割合は少ないように見えるかもしれないが,ヒトゲノム計画全体の予算は膨大であるので,相当な金額がELSI研究に流れたはずだ.この膨大な予算は期待通りの成果を生んだのだろうか?効果的に使われたのだろうか?役に立たないアンケート調査などに浪費されたりしなかっただろうか?非常に気になる.
本書によると,ヒトゲノム計画を共同管理するNIHとDOEは1997年にELSI委員会(=ELSI研究計画および評価グループ:ERPEG)を設置し,2000年2月に『ELSI研究の評価分析』(委員会最終報告)をまとめたそうだ.ウェブで調べるとすぐに見つかった.

本書では,ELSIプログラムの話はこの報告書のことまでしか書かれていないが,続きがあるようだ.報告書の14の提言の中に,NIHとDOEから独立した評価機関が必要であるとの提言があり,これに従い,ERPEGを引き継いで,NIHとDOEから独立した12名からなるELSI研究諮問委員会(ERA)が2000年秋に設置された.ERAは年に2回会合を開き,ミッションの遂行と目標の達成に向けてELSIプログラムが成果を挙げているかどうかを「ヒトゲノム研究のための全米諮問委員会(NACHGR)」に3年に1回,報告することになった.その第1回目の報告は2003年の5月に行われた(ということは,そろそろ2回目の報告が出るはずだ!).ゲノム解読後のヴィジョンを描いた,Nature誌に掲載された“A vision for the future of genomics research: A blueprint for the genomic era”(ゲノミクス研究の将来ヴィジョン:ゲノム時代の青写真)の作成にもERAは関った.
また,2003年秋には,学際的なELSI研究COE(Centers of Excellence in ELSI Research :CEERs)を設立することが決まり,2004年8月には4つのセンターと3つの予備的なセンターに資金が提供された.
(この項目続く)