Time誌のリスク認知特集記事

Time誌の記事「どうして私たちは気を揉まなくても良いものを気にして,気にすべきものをそうしないのか?(Why We Worry About The Things We Shouldn't... ...And Ignore The Things We Should)」は,よくあるリスク認知の主観と客観のギャップをネタにリスクをしっかり認識しましょうね〜みたいな話かと思ったけど,もうちょっと先のそのギャップの原因と解決策の提示まで触れているようだ.まずは,脳と進化の話.危険に対してまず扁桃体が反応し脳幹にアドレナリンなどのホルモンを流し込む.そのため,脳の高次の領域がシグナルを受け止めるまでの一瞬,合理的な反応よりもずっと大きな恐怖を感じることになる(LeDoux氏).リスクを分析するシステムには2種類ある.反射的で直感的なシステムと理性的な思慮深いシステムだ.生活で主に使っているのは前者(Slovic氏).臆病さには進化論的な利点(つまり,生存に有利な点)がある.しかし,リスクをとって獲物を捉えることも生存のためには必要である.我々はとっさに両者のバランスを瞬時にとる能力を身に付けてきた.
しかし現代社会は,危険は噂やメディアを通じてやってくる.つまりゆっくりと分析する時間が与えられ,これが考えすぎたり,考えすぎなかったりという新たな混乱のものとなる.それでは何が我々をより恐れさすのか−恐怖因子(dread factor),つまり苦しみや痛みを与えるもの.そうした場合,より不安になって,確率を正確に計算しなくなる.これを「確率無視(probability neglect)」と呼ぶ.同様に「未知であること」も恐れを大きくする.逆に「慣れ」は恐怖を小さくする.自分でコントロールできると思っているもののリスクを小さくみる.「楽観バイアス(optimic bias)」だ.航空機と比較したクルマがそう.ここでDavid Ropeik氏が言う「9/11効果(9/11 effect)の元論文はこの話
そして最後に,非合理的な行動(破滅的な行動や中毒,大事なことの先送りなど)がある.ジェットコースターやスカイダイビングだってある意味では非合理的行動だ.ある人はリスクを追い求め,ある人は避ける.同じ人でもある場合は追い求めるけどある場合は避ける.こういったバラツキの原因は遺伝的なものと環境的なものが混じっている.デラウェア大学で2000年に行われた学生を対象とした調査では,リスクを求める気質の40%が環境要因で60%が遺伝要因であった.衝動的な行動を抑制する働きを持つセロトニンの量が少ないと,綱渡り的な(high-wire)性格となりがち.
以上のようなことを考えた上で,リスクへの合理的な対応は可能か?じゃあ客観的な数字を示せばいいとなるのだが,やはり人々は感情で動くし,航空機事故のリスクとBSEのリスクを比較したって,それはリンゴとミカンを比較しているようなもので説得には使えない.昨年のベストセラーで,ジャーナリストのRon Suskind氏による「1%ドクトリン(The One Percent Doctrine)」という本があった.これはテロリストが米国を攻撃するリスクが1%でもあれば100%とみなすというものであり,リスク解析とはまるで相容れない主張だ.
結局こうか.今のリスク認知をめぐる混乱を,狩猟採集時代に形成された適応した本能と急速に変化する現実のギャップ,あるいは,古い脳である大脳辺縁系前頭前野を含む新しい脳の間のせめぎ合いとして解釈してみるというアプローチが有用そうだ.解決は,より高次の脳(前頭前野)を使える人間として,リスクを冷静に解析し,行政,企業,市民はそれぞれ頭を使って解決策を見出せと.そんなとこかな.
本記事で取り上げられた人たちリスト.リスク解析の有名人が並ぶ;