エタノール導入によるオゾン濃度の上昇

Stanford大学のMark Z. Jacobson氏のES&T論文(Jacobson 2007)の紹介.ガソリンの代わりにE85(エタノール85%,ガソリン15%)が米国に全面的に導入された場合(2020年)のヒト健康影響を,全米とロサンゼルスを対象に推計した.E85と言っても米国ではエタノール中に5%のガソリンが変性剤(denaturant)として含まれている(※転用を防ぐためらしい)ので,正確にはエタノール80%,ガソリン20%なんだそうだ.E85の排ガスデータは11の測定結果を利用して推計された.手順は,測定結果からTOG(Total Organic Gas)を22%増加(推計値の中でもかなり控えめ)と仮定し,そこからエタノール以外の有機ガスを差し引きした残りを,排出されるエタノールの量とした.キシレントルエンはガソリンのみに入ってるので単純に80%減.ベンゼンも同様に79%減.エタノール以外に増加する物質は,メタン(43%増加),ホルムアルデヒド(60%増加),アセトアルデヒド(2000%増加!),一酸化炭素(5%増加)となっている.
健康影響(とその差分)はTable 5にまとめられている.ベースとなるCase 1では上記のとおりTOGが1.22倍で,NOx排出量が0.55倍という仮定.ロサンゼルスについては,TOGが1.06と1.38倍,NOxが0.55と0.85倍の組み合わせも検討されている.発がんでは,ホルムアルデヒド(↑),アセトアルデヒド(↑),1,3-ブタジエン(↓),ベンゼン(↓)が対象で,連邦EPAのユニットリスク値とカリフォルニア州OEHHAのユニットリスク値が使われ,合計すると前者の場合微増,後者の場合微減で,たいした影響なしと結論.問題はオゾン生成を通したヒト健康影響.評価エンドポイントは死亡,入院,救急の3つ.E85にすると,ロサンゼルスでは中央値で年間,死亡は120人,入院は645人,救急は770人増加(10%増),全国ではそれぞれ185人,988人,1180人(4%増)と推計された.
もう少しマニアックに計算方法をチェックすると次のような仮定で計算されたことが分かる.

  • 死亡:CARB(2006) の最大1時間平均値の10ppbv上昇あたりの相対リスク値である0.17〜0.51%(中央値0.44%)の下限値,中央値,上限値を使用.最大1時間値の相対リスク値を24時間平均値に変換(2.5倍).Thurston et al. (2001)のFig.2(※デトロイトの疫学データ.35ppbあたりに閾値がありそうにも見えなくはない)から閾値を35ppbとした.
  • 呼吸器系疾患での入院:CARB (2006)とOstro et al. (2006)の最大1時間値の相対リスク値(10ppbvあたり1.65%)を24時間平均値に変換(2.5倍).同様に閾値を35ppbとした.
  • 喘息発作による救急入院:CARB (2006)における「18歳未満」の相対リスク値(10ppbvあたり2.31%)と「15歳以上」の相対リスク値(10ppbvあたり3.5%)(ともに最大1時間平均値)を加重平均して,さらに24時間平均値の相対リスク値に変換.

参考資料
California Air Resources Board(2006). Chapter 10 Quantifying the Health Benefits of Reducing. Ozone Exposure.
Jacobson, M. Z. (2007). Effects of ethanol(E85) versus gasoline vehicles on cancer and mortality in the United States. Environmental Science & Technology DOI: 10.1021/es062085v.
Ostro, B. D., Tran, H., Levy, J. I. (2006).The health benefits of reduced tropospheric ozone in California. Journal of the Air & Waste Management Association 56(7):1007-21.
Thurston, G. D. and Ito, K. (2001). Epidemiological studies of acute ozone exposures and mortality. Journal of Exposure Analysis and Environmental Epidemiology 11(4):286-94.