保険会社のリスク計算の客観性は?

保険会社にとってはナノテクノロジーのような新規リスクがどの程度のものであるのかは経営上とても重要な事項だ.だからSwiss Re社のような大きな保険会社は早い時期からナノテクノロジーのリスクに大きな関心を示していた.新規技術は保険会社にとってビジネスチャンスであると同時に,あとから予期せぬ大損を被る可能性もある.だから社内的にはリスクの見積もり(健康リスクだけでなく,訴訟や賠償のリスクも含めて)は慎重に行っているだろう.しかし彼らが,その結果を対外的に正直に公表するかどうかはちょっと疑ってみたほうがいいかもしれない.保険会社にとっては,リスクを実際よりも過大に宣伝するインセンティブがあるからだ.単純化すると彼らは,保険契約額から保険支払額を差し引いたものが儲けになる.世間がリスクの大きさを過大評価すればするほど儲かる仕組みだ.しかし,あまりにリスクが過大評価されると,技術開発を阻害して肝心のマーケットが縮小してしまう.きっと,保険会社にとっての最適な「社会が認知するリスクレベル」(実際のリスクと比較するとやや大きめだろう)が存在するのだろう.
Lloyd's(ロイズ)の「新規リスク(Emerging Risks)チーム」が12月に報告書を出すそうだ(news).同時に,Lighthill Risk Networkが「ナノテクノロジーのリスクと機会」と題する会議を12月10日に開催する(pdf).場所はロイズ.ここでいうLloyd'sは法人としてのロイズではなく,保険市場としてのロイズ.
別の記事では,損害保険再保険会社の会合で,ある会社のCEOが話した内容が紹介されている(news).保険会社が直面する4つの新規リスクは「ナノテクノロジー」「気候変動」「老朽化したインフラ」「未知のもの("the unknown")」なのだそうだ.ナノ材料の利用はアスベストに例えられた.ただ,この比較は毒性学的には必要だろうけれど,保険会社にとっては適切だろうか?アスベストのケースには2つの条件が成立していたことで巨額の賠償案件となった.それは,1)悪性中皮腫という特異的疾患を引き起こしたこと,2)アスベストは人為的排出がほとんどだったことで曝露を証明しやすかったこと,だ.このため,疾病と被害と補償が比較的容易に結びついた.ナノ材料の場合,症状がよくある呼吸器系疾患や循環器系疾患だったならば,補償問題までもっていくのは容易でないかもしれない.それよりは,ナノテクに関連する何らかの事故が生じたことで風評被害が起こり,技術そのものが社会に受け入れられなくなるというリスクの方が起こりうるのかもしれない.このリスクまでは保険会社も引き受けていないだろう.