新型インフルエンザのハザードとリスクの大きさメモ

小説・ドラマ・映画

日本人の間で新型インフルエンザのリスク認知が上がってきているかもしれない。国立感染症研究所の岡田晴恵氏が小説「H5N1―強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ」も含めて立て続けに本を出版し、1月にはNHKテレビで「シリーズ 最強ウイルス」の第1夜「ドラマ 感染爆発〜パンデミック・フルー」が放送され、2008年1月には妻夫木聡主演の映画「感染列島」が公開されるようだ。一番気になるのは、最初の感染経路をどう設定するかだ。NHKドラマでは(安っぽい人間ドラマを盛り込んだためか)東南アジアの最初の感染地域から難民が日本に流れ着き→そのボートにあった汚いタオルを子供が好奇心から持ち出し→これをたまたま長距離トラックで立ち寄っていた東京の若者に接触させ→彼らが東京に持ち込むという強引すぎる展開だった。これに対して、小説「H5N1」では東南アジアの架空の国「ゲイマン共和国」から福岡空港に帰国した男性が最初に日本にウィルスを持ち込むことになっていた。映画ではどんな経路で日本に持ち込まれるシナリオにするんだろうか?
米国でも2006年5月にABC TVがテレビ映画として"Fatal Contact: Bird Flu in America"を放送した。最近日本版も発売されたようなのでレンタルで見てみよう。邦題は「バード・インフェルノ 死鳥菌」(原題が同じなのでたぶん合ってると思うんだけど、なんかB級ホラー映画のような扱いだ…)。米国のテレビで放映された際にはリアルすぎて問い合わせが殺到したとかで、フィクションであり、まだ起こっていないことなとが政府サイトのViewer's Guideにわざわざ書かれている。

ハザードとリスクの大きさ

新型インフルエンザ問題については気になる切り口が多数ある。1つはハザードとリスクの大きさだ。こういった場合はワーストケースの数字が一人歩きすることが多いんだけど、「ワースト」と言ってもどれくらいワーストなのか?その中央値とか期待値だったらどれくらいなのか?そういう概略が分からないと、例えば関東地方の大地震のリスクとどちらが大きいのか比較できない。日本については厚生労働省の回答は次のとおり。

日本政府は人口の約1/4の人が感染し、医療機関を受診する患者数は最大で2500万人と仮定して、対策を講じています。また、過去に流行したアジアインフルエンザやスペインインフルエンザのデータに基づき推計すると、入院患者は53万人〜200万人、死亡者は17万人〜64万人と推定されています。しかし、これらはあくまでも過去の流行状況に基づいて推計されたものであり、今後発生するかも知れない新型インフルエンザが、どの程度の感染力や病原性を持つかどうかは不明です。これ以上の被害が生じる可能性を否定できない一方、より少ない被害でとどまる可能性もありますので、実際の発生状況に応じて柔軟な対応がとれるように準備しておく必要があります。

「17〜64万人」のうち最大値である64万人が引用されているわけだ。他には、東京都の罹患予測はこれ。この場合は点推定値だ。どのような種類の予測値なのかこれだけでは分からない。

(1)罹患割合は、人口の集中する東京の特性を考慮し、都民の約30%が罹患すると予測した。
(2)健康被害は、次のように予測した。 ※都内流行期・後期までの予測数値

* 患者数:約380万人
* 入院患者数:約29万人
* 死亡者数:約1万4千人

数字の出所

厚生労働省の「64万人」という数字は、1918年の「スペイン風邪」の際の弱毒性の仮定のもとでの計算で、新型インフルエンザは強毒性だから、オーストラリアの研究機関の予測する「210万人」(※)の方がリアリティがあるというのが岡田氏の主張。他にも、国内や国外の人の移動の多さは1918年の比ではないことと、逆に1918年に比べれば医療システムは整っているだろうということ、これらの要素を加味したら実際どうなのだろうか。専門家だって自分が言っている数字が期待値なのかワーストケース(どの程度のワーストケースなのか、95パーセンタイル?99ぱーセンタイル?)なのか自分自身で区別できないんじゃないかと想像する。
※頻繁に引用され、数字が独り歩き気味の「210万人を予測した」とされる「オーストラリアの研究機関」とは、"Lowy Institute for International Policy"で、シドニーにある国際政策専門のシンクタンクだ。ここが2006年2月に出した報告書"Global macroeconomic consequences of pandemic influenza"(インフルエンザ大流行の世界規模のマクロ経済的帰結)がネタ元だ。ここからpdfファイルでダウンロードできる。
報告書の中のTable 1を見ると、日本の年間死者数は、Mildケースで21500人、Moderateケースで214,000人、Severeケースで1,073,000人、Ultraケースで2,146,200人と予測されている。例の「210万人」はこのUltraケースのことのようだ!ただ、これらのケースの定義が見当たらなかったので、どのくらいワーストなケースなのかよく分からない。
ひとつ言えることは、定義のはっきりしないワーストケース同士を比較してもあまり意味がないということだ。何とか確率分布をあてはめて、99パーセンタイル値だとか、そういう定量的な土俵で議論できればいいのに。

予測市場

ありそうな値、つまり中央推定値や期待値については、そうした値を自発的に顕示させる、あるいは、そういう値が自然に導出される予測市場(prediction market)が有効だと考えている。「いつ」「どこで」「どれくらいの規模で」という情報を、断片的な知識しか持たない専門家たちが売り買いを行うことで集合知が形成される。でもここでいつも立ちふさがる壁は…やはり「悪いこと」を当てて喜ぶ仕組みというのは倫理的に認められないのだろうか?米国の国防省が考案したテロ予測市場もこうした理由で陽の目を見なかったっていうし(link)。しかし、Iowa Health Prediction Marketでは通常のインフルエンザ流行に加えて、"Avian Influenza"というマーケットを準備中だ。