Andrew Maynard氏のブログ追っかけ

12月1日の工業ナノ材料の曝露基準値の話の詳細。

12月1日のエントリの「工業ナノ材料の曝露基準値の話」は重要文献を列挙しただけだったので補足。まず起点はEDFとDuPontによるNano Risk Framework(NRF)だ。Maynard氏はNRFの欠点として、曝露評価のための基準を作成するための実践的なガイドラインを提供できなかったことを挙げる。つまり、情報がない場合に、デフォルトの曝露限界値を定めるためのやり方が書かれていない。DuPontが、ナノスケールの二酸化チタンを用いた光安定剤に適用した際には、DuPontは自ら動物実験を実施して曝露限界値を定めた。こんなことベンチャーや中小企業には不可能だ。このギャップを埋めたのが、2008年1月に発表されたBritish Standards Institution(BSI)による"Guide to safe handling and disposal of manufactured nanomaterials"だ。ここではナノマテリアルを4種類に分けて、それぞれにデフォルトの基準曝露レベル(Benchmark Exposure Levels)を定めた(以前ここで書いたものを元に)。

  1. 繊維状(Fibrous):アスペクト比が高くて不溶性のナノ材料→0.01 fibres/ml(アスベストに対するOSHAの労働曝露限度の1/10)
  2. CMAR:大きい粒子ですでに発がん性(C)、変異原性(M)、ぜんそく発症性(A)、生殖毒性(R)を持つナノ材料→0.1×既存材料のWEL(労働曝露限界濃度)
  3. 不溶性(Insoluble):繊維状でもCMARでもない、不溶性あるいは難溶性のナノ材料→0.066×既存材料のWEL(労働曝露限界濃度)(←NIOSHがナノスケールの二酸化チタンの有害性評価草稿で採用したサイズ効果の比率を援用)
  4. 溶解性(Soluble):繊維状でもCMARでもないナノ材料→0.5×既存材料のWEL(労働曝露限界濃度)

これは、ナノマテリアルについて何も情報がない場合にとりあえずここから出発したらいいよという参考値だ。この文書に対してちょっと待ったと言っているのが、Nature Nanotechnology誌の2008年11月号に載ったNIOSHのMurashov and Howard論文だ。彼らは、BSIがISOにこの文書を提出したために、正式なリスク評価プロセスを経ていない基準曝露レベルが事実上のスタンダードになり対策や規制の根拠になってしまうことを危惧している(彼らが一番危惧しているのはそういう場に米国から全然ヒトが出て行ってないことだ)。Maynard氏はそういった懸念には一定の理解を示しつつも、情報が不十分な現状ではBSIのようなアプローチも必要であるという立場に立ち、BSIのガイドへの正式なコメントを2008年3月発表した(pdf)。彼が立てた問いと回答は次の通り。

  1. ナノマテリアル特有の労働曝露限界値は緊急に必要か?→順応的に改訂していくことを条件としてYes
  2. ナノマテリアルに対して政府は法的拘束力のある曝露限界値を設定すべきか?→NO。産業界とNGOにその義務はある。
  3. BSIガイドラインの基準曝露レベルはもっともな値か?→出発点としてはOK。
  4. BSIガイドラインの基準曝露レベルは測定可能か?→とりあえずある。