論文本体その1:ナノ粒子への曝露によって労働者が死亡したとする論文

Song, Y., Li, Y. and Du, X. (2009). Exposure to nanoparticles is related to pleural effusion, pulmonary fibrosis and granuloma. European Respiratory Journal (Published online before print August 20, 2009).

ようやく論文本体を読んだので感想をメモしておく。やはりこの論文は問題だと思った。気づいた点を挙げる。

仮定されたシナリオ以外の可能性がまったく考慮されていない

ナノ粒子(〜30nm)は、ペースト材料の中、(故障している)換気装置にたまったダスト中(それらの電顕写真は掲載されていない)、そして、胸液や肺組織中に見られた。それらが同じものであるかどうかは示されていない。また、ペースト材料自体についてはGC/MSを使って成分分析が行われているが、その「ナノ粒子」の組成は分析されていない。劣悪な労働環境からして、労働者は「ナノ粒子」以外の物質やガスにも多く曝露されているはずなのに、それらに対する言及がまったくない。まるでナノ粒子にしか曝露されていないかのように。ナノ粒子曝露に関しても量的な情報もまったくない。

症状が整合的であることは理由にならない。

労働者に見られた症状が、動物実験で見られた症状と整合的であることが証拠として挙げられているが、そこで引用されている2つの文献がともに、カーボンナノチューブによるもの。TEM写真を見る限り、本論文の「ナノ粒子」はカーボンナノチューブとは形状がずいぶん異なり、これは証拠になるとは思えない。その上、挙げられている、非特異的炎症、肺の肉芽種、進行性線維症、肺機能の低下は、ナノ粒子曝露特有の症状ではない。

あくまで症例報告である。

症状の検査については非常に詳細に実施され報告されている。これは著者らが医者であることによるのだと思われる。得られたデータの内容からして、7例の症例報告として公表すべきであった。しかし、著者らは最初から「ナノ粒子」が原因であると決めつけてしまったことから、データが全く足りないにもかかわらず、まるで毒性学的調査や疫学調査であるかのような記述にまで踏み込んでしまった。「世界初のナノ粒子によるヒト健康被害を報告した」という名誉(?)が欲しかったのだろうか。

もしナノ粒子が「原因」だったとしても…

もしナノ粒子が労働者の疾病の直接的な原因だったとしても、そのことから導き出されるのはナノ粒子が危険であるという結論ではなく、劣悪な労働環境は危険であるという(きわめて常識的な)結論以外にないだろう。つまり、高濃度に曝露すればどんな物質でも危険であることは常識であり、過去にそういう失敗を数多く積み重ねて、現在では様々な労働安全衛生対策が講じられるようになったからである。

著者らによるナノ粒子原因説のまとめは全然説得力がない。

論文の最後の部分でまとめがあるが、ナノ粒子原因説は次のように説明されている(p.566)。

ナノ粒子の種類や患者の発症メカニズムはしっかりとは確立されていない。しかし、動物試験や細胞試験が、ナノ粒子それ自体が、運び屋としてではなく、直接症状を引き起こしているというヒントになるかもしれない。ナノ粒子は胸膜や心膜への移動や残留を容易にする運び屋として機能するかもしれないが。さらに、GC/MSで分析したのち、現場で使用された材料中の化合物(例えばブタン酸、酢酸、トルエン、二酸化エチレン)は低毒性であり、患者たちに見られた重篤な疾病を引き起こすことは考えにくい。このように、患者の疾病は「ナノ材料関連疾病」であるように思える。

さらに、最後に研究の限界として次の3点が指摘されている。1つ目は環境モニタリングデータがないこと、2つ目がナノ粒子の成分が不明であること。そして3点目は「その他いろいろ」として、本研究のナノ粒子一般へ示唆することについて議論している。