英国上院科学技術委員会の報告書「ナノテクノロジーズと食品」メモ(その1)

1月8日に公開された報告書の気になる部分をメモ。英語タイトルは、"Nanotechnologies and Food"であり、ナノテクは複数形であることに注意。日本語にすると区別がつかなくなるのが残念なので「ナノテクノロジーズ」としてみた。かなりはっきりした勧告を行っている。

第1章は「イントロ」

報告書では、食品の成分だけでなく、農薬や肥料、食品製造過程、食品包装に使用されるナノ粒子も対象。ただし、環境影響や、食品以外の用途から経口摂取につながる可能性は対象外。

第2章「ナノサイエンスとナノテクノロジーズ」

ナノザイズの構造を持つもの全体をとりあえずナノマテリアルとする。食品にもとから含まれていないナノスケール物質と、もとからある食品を意図的にナノスケールにしたものを対象とし、食品にもとから含まれているナノスケール物質や、伝統的な食品製造過程で形成されているものはこのカテゴリーに含めないと整理。

第3章「食品部門におけるナノテクノロジーズ」

現在のところナノテク適用事例は、食品とサプリメント食品添加物、食品包装、農業ともにまだ少ないようだ。これからありそうな適用例としては以下のようなものが挙げられている。

  • 食品とサプリメント:新規な風味や食感、塩分・脂肪・糖分を減らした/ビタミンや栄養成分を増やした健康食品。
  • 食品製造:抗菌や固着防止。
  • 食品包装:包装を軽く薄くすることで廃棄物削減(複雑さを増すことで廃棄物増加という予測も)、ガスや湿気に対するバリア機能。
  • 農業:農薬の量と頻度を削減できることで環境負荷低下。

つまり、社会的なアウトカムとしては、ヘルスケアコストの削減や環境負荷の低下ということになる。Cientifica (2007)によると、世界で最大400社がナノテク応用研究に取り組み中。英国では1999年にKraft foods社がナノテクラボを創設。英国では食品ナノテクの基礎研究はトップレベルだけど応用はまだまだとのこと。欧州ではオランダ。5年で4000万ユーロの研究プロジェクトあり。

第4章「健康と安全」

消化器官に入ったナノマテリアルの有害性に関連しそうな6個の特性についての解説。サイズ、溶解性と残留性、化学的&触媒的反応性、形状、抗菌作用、凝集。

  • サイズ:ナノ粒子は腸上皮細胞の細胞膜を通過し、リンパ管や血管(=脳を含む体のすべての場所)や細胞内のすべての場所(核を含む)にフリーな粒子として移行する可能性がある。ただし肺以外の場所への移行の証拠はまだない。
  • 溶解性と残留性:移行したナノマテリアルが細胞や組織中に蓄積するという懸念。不溶性で消化困難で分解しないナノ粒子(すなわち無機金属酸化物や金属)が高リスク。
  • 化学的&触媒的反応性:比表面積が大きいため反応性が高い。通常の細胞プロセスに干渉し「炎症反応と酸化的障害」を引き起こす。さらには、腸内の細菌毒素とくっついて細胞や血流への運び屋になる(「トロイの木馬効果」)という懸念も。
  • 形状:高アスペクト比ナノ粒子(HARN)の例。この件は現段階では、肺や中皮の話。
  • 抗菌作用:銀ナノ粒子など。摂取されると、腸の天然のフローラに有害な影響を与えるかもしれない。
  • 凝集:物理的力による凝集と化学的力による凝集。それと同時に、分散(disaggregate)の可能性もあるのでややこしい。

続いて知識ギャップ。7分野が挙げられた。

  • キャラクタリゼーション、検出、計測:天然のナノスケール構造を持つ食品は多いので相当難しい。
  • 消化器内でのナノマテリアルの動態:自然起源のナノマテリアルには以前から曝露し続けてきたのでそれ自体は新しい現象ではない。また、吸入曝露したナノ粒子の多くは消化管に移行している。しかし、消化管内での動態について情報はほとんど無い。
  • ヒトの胎児への影響:情報は少ないが、胎盤を通るのではないかという指摘もある。
  • 食品特有の研究:食品成分とナノ粒子の相互作用はまだあんまりない。
  • トキシコキネティクス:消化管から吸収された生分解されないナノ粒子の場合、白血球が脾臓・肝臓・骨髄に運ぶ。そうしたところに蓄積するかさらに脳や腎臓に移行する。
  • ナノマテリアルの慢性影響:長期的には不溶性のナノ粒子は二次的な標的臓器に蓄積するかも。ただし情報はほとんどない。
  • 妥当性検証済みの有害性試験:BSIなんかは新規な有害性試験の標準化を主張しているが、ナノ材料の多様性を考えると限界があるという指摘もある。

知識ギャップを埋めるための努力について、

  • 英国内の努力:2004年以来、学際的なセンターの設立が提言されているが、政府は一貫してNRCG(省庁横断グループ)で大丈夫と主張。
  • リサーチカウンシルの研究資金助成メカニズム:健康安全に関する研究の進捗が遅い理由として、申請ベースの研究助成(response mode funding)が中心で、戦略的なトップダウンによる研究助成(directed programmes)をやってこなかったため。そのため専門家の多い吸入系の研究ばかりになり、人材が少ない経口系の研究が手薄になった。
  • EHS研究への資金:計算しようとしたがソースによって値がバラバラでよく分からないとのこと。
  • 毒性学コミュニティのキャパシティ:RCEP(2008)でも強調されていたことだけど、そもそも毒性学者が少ないぞという話。これに関しては昨年Defraから「毒性学者と生態毒性学者についての英国のスキルベースの評価」という報告書が出ている(※これの日本版も誰か作ってほしい!)。
  • 国際的協力OECDは閉鎖的で透明性に欠けているとしながらも、リスク評価のための試験方法の開発研究の協調においては中心的役割だと認識。EU内で情報交換をしっかりやって重複を避けようという勧告。
  1. 産業界の役割:「FSAは、適切なリスク評価手続きについての情報提供と適切な研究の優先順位付けの支援のために、食品産業とコラボして、研究中のナノマテリアル情報に関する非公開のデータベースを作成すべき」と勧告し、自発的スキームのこれまでの失敗を踏まえて「強制的なものとすべき」とした。