オゾンの新環境基準値の裏に潜む矛盾

オゾンの新大気環境基準値(NAAQS)が提案されたが,米国EPAは,科学諮問機関であるCASAC(Clean Air Scientific Advisory Committee)が昨年10月に満場一致で推奨した8時間平均値で0.060〜0.070ppmに従わない公算が大きい.昨年のPM2.5の新大気環境基準値(NAAQS)のケースに続いての事態だ.
この理由として1つ考えられることがある.オゾンやPMについては,米国や欧州で大規模な疫学研究が多数実施され,これ以下なら安全であるという閾値がかなりの低濃度まで見つからないという事態が生じてきた.遺伝毒性のある発がん性物質の場合は最初から閾値がないという前提で,生涯発がんリスクが10-5 だとか10-6だとかに決められていたが,オゾンを含む非発がん性物質は,これ以下なら安全であるという閾値があるという前提("adequate margin of safety")で環境基準値が設定されてきた.おまけに,大気清浄法(Clean Air Act)には,環境基準値を設定する際にそれにかかる対策費用のことを考慮してはならないという規定さえある.費用要素は,実際には暗黙に考慮しているのが現実であるが,CASACは法律を文字通りに解釈するので,疫学研究が進むにつれてどんどん低い値を推奨する.ところがEPAは実際に規制を運用する立場にあり,非現実的な数字を決めるわけにはいかない.産業界や政治家からの圧力もあるかもしれない.こうして,「費用を考慮してはいけない」という非現実的な文言(一種のゼロリスク願望の現われ)が,矛盾を拡大していくことになる.解決策は,法律改正しかないのだが,米国ではこういった法改正はとてつもなく労力を要するのでほとんど期待できない.