Society for Risk Analysis 2007 Annual Meeting報告(その4)

ここはナノの話。様々なナノ材料を対象に、欧米の様々な研究機関から、リスク情報が不足している中でなんとかして簡易なリスク評価を行うための様々なフレームワークが提案され、製品や用途レベルでの適用が試みられ始めている点が印象的だった。物質を対象としてしまうと、用途や製品があまりにも多様であるとまとまりがつかなくなる恐れがある。ただ、製品や用途といったレベルでの評価は、企業や業界団体が実施するのに適しているので何らかの協働作業が必要となってくる。もう1つ感じたのは、みなそれぞれ独自の評価フレームワークを確立し、ちゃんと固有の名称を与えている。こうした戦略も重要なんだろうと思う。

ナノテクノロジーその1

T3-B「問いの与える影響:ナノテクとリスクに関するケーススタディ」(The Influence of Questions: Case Studies of Nanotechnologies and Risk)に参加。座長はおなじみのJo Anne Shatkin氏。最初の発表はShatkin氏も共著者である、銀ナノコロイドを使ったサプリメントの話。従来のミクロンサイズのものよりも40倍の効果があると謳われているが、リスクについては情報が少ないというもとで、著者らは「順応的ライフサイクルリスク評価」(adaptive life cycle risk assessment)というフレームワークのもとで解析している。ただし、まだ途中という感じだった。銀ナノについてはin vivoでの試験についての情報が現在のところないことが分かったそうだ。
2人目は欧州のREACH規制のもとでのナノ粒子についての曝露シナリオ(exposure scenarios: ESs)についての話。ESsはREACHの中心的な要素で、ハザードに関して一定の基準を満たした物質について作成することが義務付けられる。ESsでは、製造から使用・廃棄に至るライフサイクルにおける曝露状況と、それに伴うリスクを抑制するためのリスク管理手段(RMMs)と操業条件(OCs)を記述する。著者らの属するGradient Corporationは、EH&S Nano Newsを定期的に発行している。
3人目は、工業ナノ粒子の食品関連への適用についてのケーススタディ。ウッドローウィルソン国際学術センターとGMA(Grocery Manufacturers Association:食品製造業者団体)が共同でケーススタディを実施している。その第1弾は,工業ナノ材料の食品パッケージへの適用。この中では、製品開発の流れと安全性への自主的取組、FDAEPAの規制システムとの関わりを調査し、改善点を抽出するとのこと。この手のコラボレーション(DuPontとEnvironmental Defenseのコラボもそうだ)は日本でもまさに必要な段階に来ていると強く思った。
4人目は,EPAのJ. Michael Davis氏による「ナノ材料リスク評価研究戦略」という発表。彼らの目指すアプローチは「包括的環境評価」(comprehensive environmental assessment)と名付けられており、LCAとリスク評価(RA)を統合したものだという。この評価枠組みを適用したケーススタディが3種類進行中とのことだった。そのうちの2つはナノスケールの二酸化チタン(nano TiO2)についてで,1)水処理,2)サンスクリーンローション,という2つの適用場面について実施されている。前者は、"limited external review and development"(限定的な人たちに外部レビューを依頼中ということだと思われる)、後者は,
"internal workgroup, not yet reviewed"(まだ外部レビューに出していない)という段階である。もう1つは,単層カーボンナノチューブ(SWCNT)であるが、これはまだ完成していないようだ。これらのケーススタディは、パブリックコメントにかけられ、ワークショップが開かれ、最終的に報告書として公表されるそうだ。Shatkin氏との連名になっているので、EPAから研究プロジェクトをCadmus Groupが受託したものだと推測される。DuPontが"Nano Risk Framework"に基づいて作成したナノサイズの二酸化チタンを用いた光安定剤「DuPont™ Light Stabilizer 210」のリスク評価ワークシート(リンク)に続いて、EPAによる「包括的環境評価」に基づくリスク評価書も進行中ということで、今後、争うように次々と「物質」「用途」「製品」、あるいはこれらの組み合わせに焦点を当てたナノ材料のリスク評価書が出てくるだろう。

ナノテクノロジーその2

W1-B「ナノ材料の管理:現状とツール」(Management of Nanomaterials: Current Developments and Tools)の座長は、Igor Linkov氏。1人目はEPAのUtterback氏が「EPAナノテクノロジー」と題するEPAのナノリスク研究の概略についての報告。米国行政府全体におけるナノリスク研究体制はNNI(National Nanotechnology Initiative)のもとで様々な機関が連携して進められており、内容はかなり複雑なのだけど分りやすく説明してくれた。ついでに,"NSET"はエヌセット、"NEHI"はニーハイと発音することが分かった。
2人目は、カナダから、職業上の安全健康問題について、メンタルモデルを適用した事例の報告があった。不確実性の大きい中で、科学者や製造現場は何らかの意思決定をする必要があり、そのための手段として、専門家モデリングワークショップが2006年3月に開催された。参加した専門家は25名。主催は、Health Canada, Public Health Agency of Canada, National Institute for Nanotechnology, Decision Partnersだった。
続く報告はプログラム上2本あるのだけど1本だったような気がする。Intertox Inc.のLinkov氏と(その教え子っぽい)Myriam氏(フランスのINERIS)が、「マルチクライテリア意思決定解析」(Multi-Criteria Decision Making: MCDA)の枠組みのもとで、ナノスケールの銀を使った製品である"LifeStraw"や"MesoSilver"の簡易なリスク評価を試みた経緯が報告された。現段階で分かっていない部分は、専門家による重み付けを用いて点数化している。

ナノテクノロジーその3

W2-B「シンポジウム:ナノテクノロジーリスク:認知,メディア報道,そして一般人の受容」(Symposium: Nanotechnology Risk: Perceptions, Media Coverage and Public Acceptance)。座長はSharon Friedman氏。1人目はNevada大学のSusanna Hornig Priest氏による専門家と一般人によるナノテクのベネフィット、リスク、規制要求に関する調査の結果報告。2つのパイロット調査の結果が報告された。1つは177人のナノサイエンスの専門家、もう1つは35人の学部生(科学専攻でない)に対して。
2人目はSouth Carolina大学のBesley氏。"Justice as fairness model"に基づいて、Justiceを、1) 分配面の正義 (distributional justice)、 2) 手続き的正義 (procedural justice)、 3) 個人間の正義(interperson justice)、4) 情報面での正義(informational justice)に分けて検討。1300人のサンプルにアンケートを実施し、1) OLS回帰、2) LISREL path model(MLE)による解析を行ったところ、知識(awareness)と分配面の正義だけがリスク認知を有意に説明したという。
3人目は座長のLehigh大学のSharon Friedman氏で、ナノテクリスクに関する新聞報道の変遷を報告した。2000年1月1日から2006年12月31日までの英国と米国の新聞記事1200件を、環境リスク、健康リスク、規制の問題、新規規制あるいは規制強化の要求、リスクに対する懸念の情報源、リスクに対する懸念への対応の情報源、について年ごとの変遷および英国と米国の比較が行われた。リスクに関する記事は、全ナノテク記事の7%だったそうだ。彼女はポスターセッションの際に,このセッションの話と、12月18日に開催されるウッドローウィルソン国際学術センターでのイベント「ナノテクノロジーとメディア:インサイドストーリー」(Nanotechnology & the Media: The Inside Story)を紹介してくれた。ここではSRA年会での発表とほぼ同じ内容のスライドとプレゼンの動画を見ることができる。
4人目はスイスのETH Zurich(チューリッヒ工科大学)のSiegrist氏。ナノテクノロジー食品に対する消費者の受容について、一般人へのアンケート調査とともに、ドイツとスイスのナノ材料を扱っている企業40社への郵送調査が実施された。後者の結果は、Helland et al.(in press)(Risk assessment of engineered nanomaterials: a survey of industrial approaches)としてEnvironmental Science and Technology誌に発表される予定(オンライン版はすでに見れる)。40社のうち、13社(32.5%)がリスク評価を実施したことがあると回答している。