英国上院科学技術委員会の報告書「ナノテクノロジーズと食品」メモ(その2)

その1はある意味イントロ。ここからどんどん本質に切り込んでいく。

第5章「規制のカバー範囲」。

ここは法規制ギャップ調査の章。英国の規制の大部分は欧州レベルで決められたもの。一般的な安全性については、「食品法規制の一般原則(EC/178/2002)」。この法律は「安全でない」という証拠がなければ対応できないのでセイフティネットにはならない。さらに、新規食品、食品添加物、食品包装材、サプリメントなどについての規制がある。化学物質という側面では、REACH規制も関係してくる。農薬や肥料についてもそれぞれ規制がある。FSAは2008年に法規制ギャップ調査を実施(pdf)。最もカギとなる法律は「新規食品規制(Novel Food Regulation)」(※以前ブログに審議中の改正案を紹介した)なのでこの規制中心に議論を進める。
先の報告書や委員会での証言から抽出された不確実性は以下の4点。それと自主的取り組みの位置づけ。
ナノテクノロジーナノマテリアルの定義
新規食品規制においてすでに使用が認可された成分は、規制の中にナノの定義がないため、ナノスケールに加工されても必ずしも再評価を受けないことになっている。また、規制では、伝統的な食品と同等であると評価されない限り、上市前承認が必要だけど、同等性を考慮する際の因子に「粒子サイズ」は入っていない。サプリメントの規制でも同じで、ナノサイズに加工しても新たに規制対象とはならない。それゆえ、食品に使用されるすべてのナノマテリアル(食品に元から含まれるものと通常の製造プロセスで副生するものを除く)はEFSAの公式なリスク評価プロセスに従うべきと勧告。それゆえ、欧州レベルでの現行法規制を改正し、ナノマテリアルを適用対象と明記するとともに、ナノマテリアルとその関連概念の、うまく機能する定義を含むべきと勧告。
次に定義はどうするか。論点は2つあって、1つは「重要なのはサイズか機能性か」、もう1つは「天然のナノマテリアルをどう扱うか」。RCEP(2008)は「ナノ材料の新規性は、物質の特性、特に新しい機能性にあるのであって、そのサイズにあるのではない」と強調した(以前ブログで紹介。機能性は"functionality"、特性は"property"。特性によって機能性が発揮される)。そういうわけで、「100nm」といった恣意的なカットオフはやめて、1000nm未満のすべてのマテリアルが検討対象となるような形で「ナノスケール」という言葉を使うべきと勧告。そして、物質の人体への作用の仕方という意味での「機能性の変化」を、ナノマテリアルか、それよりも大きい形態であるか区別するための因子とすべきと勧告。また、ナノスケールに特有の「特性」を明確にして、そのリストを規制の中に明記し、定期的な見直しを通して更新していくべきと勧告。
続いて「天然の」ナノマテリアルをどうするか。規制目的での「ナノマテリアル」の定義からは、天然の食品成分からできるものは除外すべきであると勧告。ただし、ナノスケールの特性を利用するために意図的に選別したり、加工したりしたものは(天然の食品であっても)含めるべき。
ナノスケール材料の粒子サイズのばらつき
ナノ粒子は必ず分布を持って生産される。平均値がナノスケールでなくても分布の裾はナノスケールとなり、新規な特性を示しうる。だから、法規制を施行するためのガイドラインには、何割くらいがナノスケールに該当する場合は規制の対象になるのか明記すべきと勧告。
次世代のナノテクノロジーナノマテリアル
法規制による監視とリスク評価手法がナノテクノロジーの発展に追いつくように、FSAは3年ごとに法規制ギャップの有無をレビューすべきと勧告。
REACH規制の役割
食品製造のみに使用される材料はREACH規制の対象外。食品包装に使用される材料は対象となる。RCEP (2008)を受けて、サイズだけでなく機能性が、REACH改正の際に焦点となるべきとした政府の決定を歓迎。また、「1トンの閾値」を見直すように勧告。
自主的取り組み
企業独自の取り組みや行動規範(code of conduct)の位置づけについては、法規制の代替ではなく、補完的なものとする見解が支配的。そのため、政府は、効果的な法規制を補完するために、ナノテクについての自主的な行動規範の作成を支援すべきであり、自主的取り組みは効果的な監視と透明性を確保すべきと勧告。

第6章「規制の執行」

法規制には適切なスコープと実行可能性が必要。そういう意味で、1)リスク評価、2)輸入やインターネット経由の販売、3)企業向けガイダンス、4)国際的文脈での法規制、5)市民への情報提供、が懸念事項。
リスク評価
リスク評価プロセスは4つのパートからなる(ハザードの特定、ハザードのキャラクタリゼーション、摂取量の評価、リスクキャラクタリゼーション)。このパラダイムナノ材料にも当てはまる。とはいえ(第4章で挙げた)知識ギャップのもとで果たして実行可能なのかという疑問。ただし全体のモラトリアムには意味がない。EFSAがやっているように製品ごとのケースバイケースのアプローチを推奨。安全性に関するデータがない場合はリスク評価ができないので承認を受けられない。銀ナノのサプリメントはそういう理由でEFSAの承認を得られなかった。
輸入
懸念はインターネットでの個人輸入と当局の執行能力。食品中のナノマテリアルを検出するための検証された方法がない。まずは検出と計測のための手法開発が必要。
企業向けガイダンス
ナノマテリアル」の法規制上の意味や、EFSAが「新規食品規制」において要求する安全性試験についてのガイダンスが必要。
国際協調
OECD、UNEP、WHOなどでの対話と情報交換。
食品分野におけるナノテク応用の一覧表
産業界からは事実上のブラックリストになリかねないなどの懸念が表明されたが、FSAは、EFSAによって(新規食品等に)認可された、市場で購入できる、ナノマテリアルを含む食品や食品包装のリスト(一覧表)を作成し、公開、維持管理することを勧告(※第4章で勧告されたのは「研究開発中のナノマテリアル情報についての非公開データベース」)。

第7章「効果的なコミュニケーション」

主要な2つの活動領域は、情報提供とステークホルダーの参加。まず、政府は、食品部門におけるナノテクノロジーの利用に関する一般人の考え方についてのアンケート調査を定期的に委託べきと勧告。
コミュニケーション
情報提供としては、政府からの委託により、Nano and Meサイトが運営されているが、食品部門におけるナノテクノロジーの利用に関連した事項に特化したページを作るべきと勧告。
産業界は現状では透明性からほど遠く、情報開示に抵抗している。GMOの経験から人々のネガティブな反応を恐れているのは分かるが、消極的な態度が再び同じ失敗につながりかねない。政府は、企業が研究開発の状況に関する情報開示と透明性を確保するために食品産業と協働すべきと勧告。
ただし透明性といっても「一括でのラベリング」は間違った情報を伝えることになり正しい方法とは思えない。第6章で勧告したナノマテリアルを含む商品の公開リストが良いと考える。
ステークホルダーの参加
Defraの"Nanotechnologies Stakeholder Forum"のような公開のディスカッショングループを作って、食品部門でのナノテク応用について議論すべき。政府、学術、産業、NPOといった多様なステークホルダーが参加すべき。政府は結果を政策意思決定プロセスに反映すべき。

第8章「勧告リストと結論」

各章の勧告部分の再掲。