官報のPMN(製造前届出)情報をチェック

米国の官報(FR)のPMN(製造前届出)情報を1年ぶりにチェックしてみた(リンク)。以前の記事はここここナノマテリアルっぽいものは全部で17個見つかった。エクセルシートにまとめてみたけど、アップするの面倒なので時間があるときに。
この1年間で新しく出ていたナノマテリアルとしては、Nano-C, Inc.からフレーレン関連物質が3つ(そのうち2つはCBIとなっているが、用途情報がまったく同じなのでどう見ても3つともNano-C社のものだろう)、Cnano Corporation社から多層カーボンナノチューブ(MWCNT)、Nanocyl社から2種類のMWCNT、匿名企業の「カーボンナノマテリアル」が1つ。Nanocyl社は、化学物質名を「触媒化学気相成長法によって得られた短く絡まった多層カーボンナノチューブ」と詳細に表記している。「短く絡まった」と書いたのは、エジンバラ大学のDonaldsonらが、動物実験の結果から、長くて尖ったMWCNTを「アスベスト様」だと主張していることを意識しているのだろう。以前、Nanocyl社の関係者にインタビューしたとき、Poland et al. (2008)は自分たちの材料の安全性を示す証拠の1つと考えているとまで言っていたから。PMNには「カーボン」としか書かれていなかった「P-08-0199」は、2月3日に出たSNUR(提案ルール)により、MWCNTであったことが判明。

報告制度・法規制改正・リスク評価の展望

ナノテク産業協会(Nanotechnology Industries Association: NIA)が便利な展望記事を書いているのでそこからメモ。以前書いた関連ブログ記事も参照しつつ。

ナノ材料の報告義務付け

米国EPAは今年の終わりか来年初めに、工業ナノ材料のデータ収集&獲得を義務付ける規制を導入する方向で検討中。その際、TSCAの化学物質の定義(分子的同一性)を見直す。
フランスも、環境グルネル第2法案第73節にもとづき、工業ナノ材料の報告を義務付ける制度を検討中で2010年中には始まりそうだ(2009年1月24日のブログ記事参照)。
ノルウェーでも、汚染管理局(SFT)が、化学製品中のナノ材料の利用についての強制的な報告制度の導入を発表した(2009年6月のニュース記事参照)。
オーストラリアでも、2009年11月にNICNASから提案された「工業ナノ材料の規制改革提案」(pdf)に、強制的な報告制度と強制的な通知&評価制度が含まれている。
カナダでは、2008年6月のOECD会議で「強制的な報告制度に向けた調査を開始」と宣言してからずいぶん経つけどまだ調査結果が公表になってないようだ(2009年2月2日のブログ記事参照)。

ナノ材料を扱うための法規制改正

オーストラリアの提案が通れば、初めてナノ材料に合わせた法規制の改正が行われる事例となる。
欧州では、製品レベルでは、化粧品規制の改正が通り(2009年12月8日ブログ記事参照)、新規食品規制が第二読会を待っている段階(2009年4月24日のブログ記事を参照)。この先は、殺生物剤(バイオサイド)指令、欧州RoHS指令、欧州WEEE指令の改正において、明示的に「ナノマテリアル」が扱われる可能性が高いとのこと。
米国では、上院で1月、「ナノテクノロジー安全法案2010」が提案された(リンク)。これはFDAの扱う製品をターゲットしたもののようだ。

リスク評価が始まりつつある

2009年から実際に、ナノ材料を用いた製品を対象としたリスク評価が出てきつつある。これらは2009年後半の2つの会議でプレゼンされた。1つはOECDのWPMNとSRAが共催したワークショップ「規制文脈におけるリスク評価」。もう1つは、欧州委員会のDG SANCOによる"3rd Annual Nanotechnology Safety for Success Dialogue Workshop"。両者とも、ナノスケールの二酸化チタン、カーボンナノチューブ、銀ナノ粒子が取り上げられた。
※これらにうちらが出した、リスク評価書中間報告版も加えてくれればよかったのに!

SafeNanoがREACH関連の重要なアドバイザリー契約を獲得!

英国のSafeNano(ブログで書いた紹介記事はここ)がコンソーシアムとして、2つの契約を取り付けたとのこと。1つはREACH-NanoInfoと言って、REACHのもとでナノマテリアル固有の特性をどう扱うか検討するもの、もう1つがREACH-NanoHazExと言って、これもREACH文脈でのナノマテリアルの曝露&ハザード評価を行うもの。
コンソーシアムには、SafeNanoの他に、ナノテク業界団体であるナノテク産業協会(NIA)や、欧州化学工業協会(Cefic)、そして、イタリアのコンサルタント会社であるSoluzioni Informatiche社なんかが入っている。プロジェクトは2010年1月からスタートし、12〜16か月後にはアウトプットが出てくる予定で、それがさらに欧州委員会によってREACHの改革のための資料として利用されるとのこと。REACHのもとでどのようにしてナノマテリアルが取り込まれるかという方向性を決めるカギとなりそうだ。
そういえばしばらく前に、オランダのRIVMから「REACHのもとでのナノマテリアルケーススタディとして銀ナノ粒子」というおよそ150ページ(本文50ページ)の報告書が出た(pdf)。ここでは銀ナノ粒子をREACHのもとで登録しリスク評価を行うという仮想的なケースをたどることで、様々なギャップを明らかにするというもの。

英国上院科学技術委員会の報告書「ナノテクノロジーズと食品」のまとめ。

2回に分けて長々と書いてしまったけど、特に印象に残った点は以下のとおり。

  • 消化器官に入ったナノマテリアルの有害性に関連しそうな特性として、サイズ、溶解性と残留性、化学的&触媒的反応性、形状、抗菌作用、凝集状態を挙げたこと。
  • 吸入曝露したナノ粒子の多くは、消化管に移行しているという指摘(これは忘れがち。Donaldson氏のコメント)。
  • RCEP(2008)に続いてここでも毒性学者の不足が指摘されている(もっと不足している日本は大丈夫か?)
  • 食品業界が研究開発中のナノ材料情報をFSAに提供しそれを非公開のデータベースとすることを義務付ける勧告。
  • ナノ材料の定義は「100nm」といった恣意的なカットオフはやめて、1000nm未満のすべてのマテリアルが検討対象となるような形で「ナノスケール」という言葉を使うべきと勧告。
  • 人体への作用の仕方が変化するという意味での「機能性の変化」を、ナノ材料か、それよりも大きい形態であるか区別するための因子とすべきと勧告。
  • ナノ粒子は必ず粒径分布を持つため、何割くらいがナノスケールに該当する場合は「ナノ材料」とみなされ規制の対象になるのかガイドラインの明記すべきと勧告。
  • ナノテクの発展速度が早いことから、FSAは3年ごとに法規制ギャップの有無をレビューすべきと勧告。
  • FSAは、EFSAによって(新規食品等に)認可された、市場で購入できる、ナノ材料を含む食品や食品包装のリスト(一覧表)を作成・公開・維持管理することを勧告。
  • 英国政府は、食品部門におけるナノテクノロジー利用に関する一般人の考え方についてのアンケート調査を定期的に委託すべきと勧告。
  • 食品産業界が情報提供に消極的な現状を批判。過去の失敗から、情報公開と透明性こそが重要と指摘。
  • 情報提供といっても「一括でのラベリング」は間違った情報を伝えることになるので推奨しない。(上記の)ナノ材料利用商品リスト(一覧表)が望ましい。

英国上院科学技術委員会の報告書「ナノテクノロジーズと食品」メモ(その2)

その1はある意味イントロ。ここからどんどん本質に切り込んでいく。

第5章「規制のカバー範囲」。

ここは法規制ギャップ調査の章。英国の規制の大部分は欧州レベルで決められたもの。一般的な安全性については、「食品法規制の一般原則(EC/178/2002)」。この法律は「安全でない」という証拠がなければ対応できないのでセイフティネットにはならない。さらに、新規食品、食品添加物、食品包装材、サプリメントなどについての規制がある。化学物質という側面では、REACH規制も関係してくる。農薬や肥料についてもそれぞれ規制がある。FSAは2008年に法規制ギャップ調査を実施(pdf)。最もカギとなる法律は「新規食品規制(Novel Food Regulation)」(※以前ブログに審議中の改正案を紹介した)なのでこの規制中心に議論を進める。
先の報告書や委員会での証言から抽出された不確実性は以下の4点。それと自主的取り組みの位置づけ。
ナノテクノロジーナノマテリアルの定義
新規食品規制においてすでに使用が認可された成分は、規制の中にナノの定義がないため、ナノスケールに加工されても必ずしも再評価を受けないことになっている。また、規制では、伝統的な食品と同等であると評価されない限り、上市前承認が必要だけど、同等性を考慮する際の因子に「粒子サイズ」は入っていない。サプリメントの規制でも同じで、ナノサイズに加工しても新たに規制対象とはならない。それゆえ、食品に使用されるすべてのナノマテリアル(食品に元から含まれるものと通常の製造プロセスで副生するものを除く)はEFSAの公式なリスク評価プロセスに従うべきと勧告。それゆえ、欧州レベルでの現行法規制を改正し、ナノマテリアルを適用対象と明記するとともに、ナノマテリアルとその関連概念の、うまく機能する定義を含むべきと勧告。
次に定義はどうするか。論点は2つあって、1つは「重要なのはサイズか機能性か」、もう1つは「天然のナノマテリアルをどう扱うか」。RCEP(2008)は「ナノ材料の新規性は、物質の特性、特に新しい機能性にあるのであって、そのサイズにあるのではない」と強調した(以前ブログで紹介。機能性は"functionality"、特性は"property"。特性によって機能性が発揮される)。そういうわけで、「100nm」といった恣意的なカットオフはやめて、1000nm未満のすべてのマテリアルが検討対象となるような形で「ナノスケール」という言葉を使うべきと勧告。そして、物質の人体への作用の仕方という意味での「機能性の変化」を、ナノマテリアルか、それよりも大きい形態であるか区別するための因子とすべきと勧告。また、ナノスケールに特有の「特性」を明確にして、そのリストを規制の中に明記し、定期的な見直しを通して更新していくべきと勧告。
続いて「天然の」ナノマテリアルをどうするか。規制目的での「ナノマテリアル」の定義からは、天然の食品成分からできるものは除外すべきであると勧告。ただし、ナノスケールの特性を利用するために意図的に選別したり、加工したりしたものは(天然の食品であっても)含めるべき。
ナノスケール材料の粒子サイズのばらつき
ナノ粒子は必ず分布を持って生産される。平均値がナノスケールでなくても分布の裾はナノスケールとなり、新規な特性を示しうる。だから、法規制を施行するためのガイドラインには、何割くらいがナノスケールに該当する場合は規制の対象になるのか明記すべきと勧告。
次世代のナノテクノロジーナノマテリアル
法規制による監視とリスク評価手法がナノテクノロジーの発展に追いつくように、FSAは3年ごとに法規制ギャップの有無をレビューすべきと勧告。
REACH規制の役割
食品製造のみに使用される材料はREACH規制の対象外。食品包装に使用される材料は対象となる。RCEP (2008)を受けて、サイズだけでなく機能性が、REACH改正の際に焦点となるべきとした政府の決定を歓迎。また、「1トンの閾値」を見直すように勧告。
自主的取り組み
企業独自の取り組みや行動規範(code of conduct)の位置づけについては、法規制の代替ではなく、補完的なものとする見解が支配的。そのため、政府は、効果的な法規制を補完するために、ナノテクについての自主的な行動規範の作成を支援すべきであり、自主的取り組みは効果的な監視と透明性を確保すべきと勧告。

第6章「規制の執行」

法規制には適切なスコープと実行可能性が必要。そういう意味で、1)リスク評価、2)輸入やインターネット経由の販売、3)企業向けガイダンス、4)国際的文脈での法規制、5)市民への情報提供、が懸念事項。
リスク評価
リスク評価プロセスは4つのパートからなる(ハザードの特定、ハザードのキャラクタリゼーション、摂取量の評価、リスクキャラクタリゼーション)。このパラダイムナノ材料にも当てはまる。とはいえ(第4章で挙げた)知識ギャップのもとで果たして実行可能なのかという疑問。ただし全体のモラトリアムには意味がない。EFSAがやっているように製品ごとのケースバイケースのアプローチを推奨。安全性に関するデータがない場合はリスク評価ができないので承認を受けられない。銀ナノのサプリメントはそういう理由でEFSAの承認を得られなかった。
輸入
懸念はインターネットでの個人輸入と当局の執行能力。食品中のナノマテリアルを検出するための検証された方法がない。まずは検出と計測のための手法開発が必要。
企業向けガイダンス
ナノマテリアル」の法規制上の意味や、EFSAが「新規食品規制」において要求する安全性試験についてのガイダンスが必要。
国際協調
OECD、UNEP、WHOなどでの対話と情報交換。
食品分野におけるナノテク応用の一覧表
産業界からは事実上のブラックリストになリかねないなどの懸念が表明されたが、FSAは、EFSAによって(新規食品等に)認可された、市場で購入できる、ナノマテリアルを含む食品や食品包装のリスト(一覧表)を作成し、公開、維持管理することを勧告(※第4章で勧告されたのは「研究開発中のナノマテリアル情報についての非公開データベース」)。

第7章「効果的なコミュニケーション」

主要な2つの活動領域は、情報提供とステークホルダーの参加。まず、政府は、食品部門におけるナノテクノロジーの利用に関する一般人の考え方についてのアンケート調査を定期的に委託べきと勧告。
コミュニケーション
情報提供としては、政府からの委託により、Nano and Meサイトが運営されているが、食品部門におけるナノテクノロジーの利用に関連した事項に特化したページを作るべきと勧告。
産業界は現状では透明性からほど遠く、情報開示に抵抗している。GMOの経験から人々のネガティブな反応を恐れているのは分かるが、消極的な態度が再び同じ失敗につながりかねない。政府は、企業が研究開発の状況に関する情報開示と透明性を確保するために食品産業と協働すべきと勧告。
ただし透明性といっても「一括でのラベリング」は間違った情報を伝えることになり正しい方法とは思えない。第6章で勧告したナノマテリアルを含む商品の公開リストが良いと考える。
ステークホルダーの参加
Defraの"Nanotechnologies Stakeholder Forum"のような公開のディスカッショングループを作って、食品部門でのナノテク応用について議論すべき。政府、学術、産業、NPOといった多様なステークホルダーが参加すべき。政府は結果を政策意思決定プロセスに反映すべき。

第8章「勧告リストと結論」

各章の勧告部分の再掲。

カリフォルニア州へのCNTs情報提供の第1号

カリフォルニア州DTSCは2009年1月22日に、カーボンナノチューブ(CNTs)の生産・輸入を行う26社(大学や研究所も含む)に対して正式にCNTsに関する情報提供を正式に要請したことは以前書いた(リンク)。その情報提供の第一号としてやっと2009年12月に、スタンフォード大学が回答した(pdf)。DTSCが提出を要請している6項目への回答は以下のとおり。

  1. 16のラボでCNTsは使用されている。
  2. NIOSHのナノテク野外調査グループと曝露評価とモニタリングを2010年に実施する予定。
  3. 使用量は年間16グラム程度。
  4. NIOSHやICONから情報収集。研究者は「予防的ではあるが、合理的なアプローチ」を採用。
  5. 大学が定めた「化学衛生プラン(CHP)」と「工業ナノ材料を安全に扱うための一般原則と実践」を遵守。
  6. 有害廃棄物として処理。

カリフォルニア州DTSCは2010年1月に何か新たな動きがあるという情報もある。

「今後10年ウォッチしておくべき10の新規技術トレンド」

Maynard氏の2020 Scienceブログの12月25日のエントリは「今後10年ウォッチしておくべき10の新規技術トレンド」。新規リスクのない新規技術はないので、この先盛り上がりそうな新規技術をウォッチすることはすなわちこの先盛り上がりそうな新規リスク(社会的倫理的影響を含む)のウォッチにもつながる。

  1. ジオエンジニアリング
  2. スマートグリッド
  3. ラディカルマテリアルズ
  4. シンセティックバイオロジー
  5. パーソナルゲノミクス
  6. バイオインターフェイス
  7. データインターフェイス
  8. 太陽光発電
  9. ヌートロピクス
  10. 薬用化粧品

ラディカルマテリアルとは、原子・分子レベルでのコントロールを通じて、通常の材料よりもあらゆる特性(強度、軽量化、熱伝導性など)で上回る材料とのこと。もちろんカーボンナノチューブも含まれる。データインターフェイスは大量のデータとウェブを通して利用するためのテクノロジーで、例として、Wolfram Alpha、Bing、Six Sense projectなんかが挙げられている。太陽光発電としては2つの注目技術が挙げられている。印刷可能な太陽電池と太陽補助反応装置。ヌートロピクスとは、スマートドラッグ、すなわち頭の良くなる薬のこと。学生や研究者の間での利用が急速に広まっているとのこと(日本ではどうかな?)。面白いのは「ヌートロピクスを使わない方が非倫理的だ。だってそれってメンタル能力を社会のために最大限利用してないってことでしょ」という反応があるという話。薬用化粧品は"cosmeceutical"、つまり化粧品と医薬品を合わせた造語。化粧品はプラスアルファで、医薬品はマイナスからゼロに戻すという感じがする。法規制上も、医薬品はとても厳しいのに化粧品は緩い。でも、これって本当に区別すべきなのか?日本で今問題になっているのが食品と医薬品の境目。そしてナノテクノロジーはほぼすべての技術に関わっている。Maynard氏かこれからはナノテクノロジーというよりはこれらを追い掛けたいと考えているようだ。ちなみに、2日後、10のリストに加えて「スマートドラッグ」をどうしても追加したいというコメントが載った。
これらのリストはまさに今、テクノロジーアセスメントが必要な対象といってもよい。これらに付けくわえるとしたらどんなものがあるだろうか?Maynard氏の最初のリストにはこれらのほかに、電池、分散型コンピューティングバイオ燃料、幹細胞、クローン技術、人工知能、ロボティクス、地球低軌道飛行、クリーンテクノロジー神経科学、Memristor(回路素子)などが含まれていたそうだ。